東京高等裁判所 昭和44年(ネ)2651号・昭44年(ネ)2539号 判決
過失相殺について。前記の2で認定した事実によれば、原告は、昭和三五年一二月に本件土地賃借権を譲り受けた際、右土地上に八幡早助所有の本件建物が現存しており右建物には抵当権設定登記がなされていることを知っていたのであるから、この抵当権が実行され、第三者が本件建物を競落し敷地である本件土地賃借権を承継し、賃貸人(被告ら)から右承継につき承諾を得る可能性のあることは、原告において十分に了知していた筈である。このことは、前記2で認定したように、原告が本件土地賃借権を譲り受けるに際し、後日抵当権者を含めた利害関係人と折衝して本件建物を取り毀し、または抵当権の実行がなされるにいたった場合には自ら競落してこれを取り毀し更地にして本件土地を利用するか、競落できなかった場合には競落人である第三者に本件土地賃借権を譲渡し、もって本件土地賃借権取得に要した投下資本の回収をはかろうと考えていた事実に徴しても、明らかである。
しかるに、原告と前記利害関係人らとの折衝は奏功せず、前記の抵当権実行による競売手続においても原告は本件建物を競落すべく特段の努力をしなかったため競落することができず、福入商事が右建物を競落した後も同商事からこれを譲り受けるべく特別の努力をした形跡も認められないのであって(以上の事実は、原審における証人岡田良一、同柴原四郎の各証言、原審および当審における原告本人曹成玉尋問の結果、弁論の全趣旨により明らかである)、これらの事実によれば、原告は、本件土地賃借権譲受の前後を通じ、右賃借権を確保保全するために信義則上必要とされる義務を完全に履行しなかったものといわなければならない。けだし、原告としては、本件建物の処理を後日に譲り本件土地賃借権のみの譲渡を受けることは自由であるし、また本件建物に対する抵当権が実行された場合に右建物を競落するか否か、ないし競落人から右建物を譲り受けるか否かは、一般論としては原告の自由であることは明らかであるが、本件のように賃貸人の責に帰すべき事由による履行不能を理由に損害賠償を求める相手方である賃貸人との関係においては、賃借人である原告もその取得した本件土地賃借権の消滅を阻止するため信義則上要求される措置を講ずるよう努力すべき義務のあることは、賃貸人と賃借人双方の信頼関係を基盤とする継続的契約である賃貸借の本質ないし損害賠償における公平の理念に徴し、多言を要しないからである。これを本件についてみると、原告としては、本件土地賃借権譲受の際、地上に本件建物が現存していることを知っていたのであるから、一般の取引がそうであるように本件建物所有権をも本件土地賃借権とともに譲り受け、地上建物の所有権が第三者に移転することによる紛争を未然に防ぐ措置を講ずるのが相当であり、まして本件のように地上建物に抵当権が設定されている場合にはなおさらであること、そして前記抵当権の実行を阻止するための折衝が奏功せず競売手続が続行されるにいたった場合には、地上建物を競落するよう特段の努力を傾注すべく、予期に反して競落することができなかった場合には、多少の不利益を忍んでも競落人から右建物を譲り受けるべく折衝して建物の所有権を取得し、もって建物敷地である本件土地賃借権消滅の可能性を根絶することにより、右賃借権を確保保全する信義則上の義務があるというべきところ、原告がこの義務を履行しなかったことは前記認定のとおりであり、このため福入商事の本件土地賃借権の承継取得ないし右承継に対する被告らの承諾を可能ならしめ、ひいて前記認定のように被告らの原告に対する本件土地賃貸借上の義務履行を不能ならしめ、もって本件土地賃借権消滅の結果を惹起せしめるにいたったのである。そして、このような結果が生ずる可能性のあることは原告においても知っていたか少くとも知り得べかりしであったことは前記認定の事実に徴し明らかであるから、前記の履行不能については賃借人である原告にも過失があると認めるのが相当である。
そして、以上認定の原告側および被告ら側の諸事情その他諸般の事情を総合して考察すると、前記履行不能についての原告の過失は六、被告らの過失は四の割合であると認めるのが相当である。
(久利 三和田 栗山)